コラム – 人形劇団プーク

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プーク人形劇場誕生50周年シリーズ⑫

 皆さん、こんにちは。プーク人形劇場では『もりのへなそうる』と『影絵人形劇 大きなかぶ』の公演が始まり、ゴールデンウィークにはたくさんの皆さんにご来場いただきました。まだ観ていないという方、明日からの公演は比較的お席に余裕がありますので是非お出かけくださいませ。

 さて『もりのへなそうる』では、てつたくんとみつやくんが繰り広げる遊びの中から物語が展開していきます。この「こども」と「遊び」とは一体どんな関係にあるのでしょうか。先月発行の 「みんなとプーク」第279春号 『プーク見聞録』のコーナーから、一緒に考えを巡らせてみたいと思います。

▲ 2022年4月15日発行「みんなとプーク」第279春号

プーク見聞録 その5 ~こどもと遊び~

 この春からプーク人形劇場では『もりのへなそうる』が上演されます。お芝居では五歳になったお兄さんのてつたくんが、二歳年下の弟みつやくんを連れて、こども部屋から想像で見立てた不思議な森へと探検に出ます。鬱蒼とした密林を切り開き、果敢に進んで行く二人は、やがて森の奥に”きれいなでっかい卵”を見つけ……。そうして始まるこのお話しは、私たちをこどもの遊びの世界へと誘います。今回は、そんなお芝居にもある「こども」と「遊び」について様々な本からみていきましょう。

▲ 人形劇団プーク「もりのへなそうる」舞台

 皆さんは「七歳までは神のうち」という口碑をご存じでしょうか。柳田国男さんが採取したと言われるこの言葉の解釈については諸説あり、よく知られているものには七五三や七つ子参りに関係し、幼子の命の不安定さを述べているという説があります。その一方ではもっと単純に、こどもは大人とは異なる存在であることを表しているとする説もあり、こちらは子やらいという古い言葉にも繋がる解釈でしょう。しかし、ここではこの言葉を文字通りに七歳(満年齢の五、六歳)までのこどもは神と同じだとするものと考えます。その理由は「遊び」にあります。

 人類を「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」と呼称したのは歴史家のヨハン・ホイジンガです。彼はその著書において「文化は遊びのなかで始まった」と、文化の本質が遊びにあることを説いています。では、遊びとは何でしょう。我が国におけるその起源について、詩人の高橋睦郎さんが『遊ぶ日本』の中で興味深い論考を記しています。高橋さんは『神楽歌』の一つ「木綿(ゆふ)作る」において「遊べ」と繰り返し唱和されることに着目し、―元方が「君も神ぞ」というのに対して、末方が「汝も神ぞ」といっているから、唱和する両者は神と想定されるだろう。とすると、「遊べ」とはほんらい神の動詞なのではないかーと推察します。

高橋睦郎 著『遊ぶ日本』

 神と遊びの関連で言えば、東北などの巫女の職能にオシラアソバセがあります。これはオシラサマと呼ばれる木偶(でく)を手で操り、祭文を唱えながらそこに宿った神を遊ばせる祭事のことで、ここでも「遊ばせ」が神の動詞として用いられています。その他にも神楽を神遊びという場合もあることから本来の遊びとは神を楽しませ、神と人とが交歓するための行為であったことが想像されます。

▲オシラサマの人形:青森県下北半島陸奥市のイタコが使う二体、1968年撮影(川尻泰司著『人形劇人ノート』より)

 そうした「遊び」は、現代では社会学者のロジェ・カイヨワの手によって分類化され、『遊びと人間』において彼は、ごっこ遊びや芝居をミミクリ(模擬)の遊びから生じたものと記しています。また民俗学においては、こどもの遊びは大人の慣習や神事の模倣に始まり、そこから本来の意味が抜け落ちて生じるものだとする考え方もあります。日本語における模擬や模倣の起源は、マネブ、マナブと言う古語にあるので、日本では模倣と学習が同源であったことが推量されます。すると、こどもの遊びとは大人の模倣を通した社会経験だと考えられそうですが、果たしてそれだけでしょうか。

ロジェ・カイヨワ著『遊びと人間』

 仏文学者の多田道太郎さんは『遊びと日本人』の中で次のように述べています。―子供は大人そのものをマネているのではない。大人のすることを模倣し、模倣しているうちに自由な好奇心の発動を味わい、これを遊んでいるのである。(中略)子供は実用性をはなれ、感動そのものとなる。子供が最初の詩人となる。子供は大人を模倣しながら、しかし彼はいわば純粋模倣者となる。大人をマネるだけではない、彼は状況を模倣し、生物を模倣し、宇宙そのものを模倣する―ここで言う「感動」とは、即ち私たちの太古の記憶のことです。

多田道太郎著『遊びと日本人』

 民俗学者のフロベニウスはアフリカでの調査を通して、古代人の生活における経験は、まだ表現を得ず「ただ感動に打たれた状態」であったと考えました。こどもとは人の未来であると同時に過去でもあるという考え方がありますが、私たちはこどもの遊ぶ姿に、生きることがただ感動そのものであった頃の記憶を、或いは神の面影を感じているのかも知れません。だからこそ、私たちはその姿に感動をすら覚えるのでしょう。

 「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、遊ぶこどもの声聞けば、我が身さげこど動(ゆる)がるれ」とは、平安時代の今様集『梁塵秘抄』の一首にもその感動は歌われています。この春は、こどもと遊びの季節を過ごされてはいかがでしょう。劇場では小さなお友達から大きなお友達まで、すべての皆さまをお待ちしております。お客さまも神さまです。(文・池田日明)

植木朝子著『梁塵秘抄』

 こどもたちは未来でもあり、過去でもあったのですね。太古の昔から遠い未来までがこどもたちによってつながっている、何だかとてもスケールの大きな話ですが、客席のこどもたちの素直な反応が、私たち大人に元気や癒しを与えてくれるのは、このようなルーツも影響していたのかもしれません。

 こどもの遊びから生まれた「へなそうる」にどうぞ会いにいらしてください。公演は6月5日(日)まで行っています。劇場でお待ちしております。

▲ 人形劇団プーク『もりのへなそうる』舞台

プーク人形劇場誕生50周年シリーズ⑪

プーク人形劇場に併設された「コーヒープンクト」。店主こだわりのコーヒーと手づくりケーキが堪能でき、観劇の合間の憩いの場として、プークの人形劇とセットで愛して下さっている方も多いと思います。 今回は劇場にとって、なくてはならない喫茶室と売店についてのお話です。どうぞお付き合いください( 2022年1月1日発行の「みんなとプーク」第278号『プーク見聞録』の記事より転載)。

▲ プーク人形劇場2階・喫茶ぷーぽ(1971年)

 冬の朝、東の果てから透明な日差しが町へ届けられました。昨夜は人声に賑わった歩道も今はひっそり閑として、響いて来るのは(のこぎり)みたいな木枯らしと雀の(さえず)りただそれだけです。ちゅんちゅんちゅんと可愛らしい雀の声は、古人の耳にはチウチウチウと鼠の様に聞こえたのだとか。「うつくしきもの。瓜にかきたる(ちご)の顔。すずめの子の、ねず鳴きするに踊り来る」とは『枕草子』の一節ですが、この小さな鳥を愛らしく想う心地は、古今を問わず誰しもが感じて来たことなのでしょう。さて、そんなうつくしき客人も雀合戦さながら集まり来る場が、新宿にあることを皆さんはご存知でしょうか。プーク人形劇場の一階にちょこんと構える喫茶〝プンクト〞。陽のあたる通りに面し、小鳥に祝福されたこの愛らしいサロンと劇場とのお話を今日は致しましょう。

コーヒープンクト(現在)

 「上等な豆で淹れた珈琲を誰にも気軽に飲んでもらいたい」そんな気風(きっぷ)の良さからか、旨い珈琲や素材にこだわった洋菓子やジュースなどを取り揃えるプンクトは、終日(ひねもす)行き交い人や劇場へ訪れるお客様に向かって開かれた喫茶です。また、テイクアウトに供されるペーパーカップには、プークのレパートリーとしても大切にされているメーテルリンクの『青い鳥』を模した絵がスタンプされています。「一杯の珈琲から夢の花咲くこともある」と、古い流行歌の文句にありますが、このうた鳥が告げるのはすぐ隣にある幸せでしょうか。踊り来る雀と戯れ、冬の珈琲が冷めぬ間に、そんな想像に思いを巡らせてみるのも気楽な楽しみかも知れません。

▲コーヒープンクトの紙コップ

 そんなプンクトより前の時代には、〝ぷーぽ〞という喫茶室がありました。こちらは劇場が誕生した1971年に建物の2階に併設されたもので、店内は世界各国の人形劇のポスターや(ほうき)に乗った魔法使いの人形で飾られ、人形劇人たちのサロンとして賑わったと聞きます。また当時を知る劇団員によれば、年末の大掃除を終えるといつも劇団の全員に珈琲を振舞ってくれたと言うことで、一杯の温もりに羽を休めた人もきっと多かったのではないでしょうか。

▲ プーク人形劇場2階・ 喫茶ぷーぽ(1971年)

 しかし、こうした劇場へ喫茶室を併設するという計画は、どのようにして発想されたものなのでしょうか。そこで劇団内にて話を伺えば、どうやら劇場の建設に際してヨーロッパ諸国を視察して回った川尻泰司が、現地の劇場で目の当たりにした経験を元にして発想したということです。「舞台や客席だけでなく、子どもたちが一丁前に迎えられる場所や経験を与えたい」という想いを持った氏が、大人の施設である喫茶や売店をも劇場に併設しようと計画し、数年の後に実現させました。

▲ 喫茶ぷーぽ・ギャラリー
▲ だるまちゃんショップ開業時、かこさとしさんと(2000年・喫茶ぷーぽの後)
▲ プーク人形劇場1階ロビー売店(現在)

 終戦後に再建されたプークは「こどももおとなも楽しめる5歳から88歳までの人形劇」というスローガンを掲げ、日本中を公演するところから始まったと劇団の歴史に伝わっていますが、その標語は劇場建設の際にも作用し、現在でも世代を超えた多くのお客様を迎えられる日々が続いています。劇場の座席に腰を下ろしてどれどれと人形劇を観劇し、喫茶においては歓談のひとときを喫することの楽しみは、これから大人になろうとする子どもにとっても貴重な時間でしょう。

現代の言葉の一つに” 消費者”という語がありますが、人生は消費するものではなくて想像(創造)するものであるといつでも信じていたいものです。プーク人形劇場は、そうした人の想像力を育む場として今日も尚あり続けています。新しいモノを生み出すことも、壊れたモノを直すことも、人や自分の気持ちを省みることも、全ては想像力の為せる業です。この劇場へ訪れたあなたの探し物がいつかこの場所で見つかりますように。一幕の舞台から、あなたの青い鳥を探してみませんか。(文/池田日明)

▲ 人形劇団プーク「青い鳥」よりチルチル・ミチル人形写真(1957年初演時)
▲ 人形劇団プーク「青い鳥」ポスター(1957年初演時)